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御幸橋は不幸橋なのか探る

東大阪KUWAHARAがあった時代に、良く行った信楽

まさか、27年ったった今、逆回りで走るとは思ってもみなかった。

 

以前から、京都のメンバーがどんな練習をしているのか気になっていた、

そこへ松ちゃんが、”御幸橋で合流しませんか”とSNSで投げかけてくれたので、

日曜日の朝から、171をひたすら東へ。

1時間15分ほどかかって、御幸橋に到着。

ここが、多くの被害者を出す、あの不幸橋と揶揄される場所か・・・

 

ほどなくして、京都店のKさき君を中心に、朝から元気なメンバーが十数人。

合流後、河川敷を走るが、この河川敷は1,2度しか通ったことがなく、

道が分からず、先読みできないのと、ジョギングや散歩の方が割と多く

道を知らないものが前を引ける状況でないので、早々に後方へ降りた。

 

ちょっと状況を理解していなかったのだが、御幸橋から10分程度走ったところで

オフィシャルの練習は終了。

そこで離脱する方と、セミロングへ行く者とに分かれる。

走ったことのない大正池を経由して和束に入るコースが私たちの今日のメニュー。

大正池へのコースは勾配はゆるいが長い。

松ちゃんと、二人の我慢大会が続く。

今現在、自分自身のパフォーマンスはそう高くないと思うが、なんだか松ちゃんも

苦しそうなので、行けるとこまで行くと腹をくくるが・・・

このミニレースが佳境に達したところで、凍結路面が現れてUターンを余儀なくされる。

映画のいいところで電灯をつけられたようなものでガッカリ。

コース的には終盤に10%ぐらいの急坂になると後で聞いた。

あのまま続いてたら・・・。

 

仕方がないので、折り返して木津を経由して加茂から信楽を目指して延々上る。

ここも勾配が緩い登りが延々と続く。

延々と松ちゃんとのローテが続く。

松ちゃんが削られていることは解るが、それにもまして自分もかなり削られている。

コースは27年ぶりで、しかも下ったことしかないところを逆回りで登っているので、

記憶があいまいで、ゴール地点がいまいち解らない。

しかし、ゴール前になれば自然とそこが頂上だと解り、本能的にもがく。

一旦離れた気配があった松ちゃんが、左から追い込んでくる。

あかん。

山頂までもつれ込んで、負けるのはほとんどないパターン。

流石は血尿出しても走るという根性の持ち主。やっぱり強いわ。

 

そこからは、ひたすら西から東にふく季節風にやられて、また残り少ない

脚を削られるローテーションが続く。

どこまで続くのかこのローテーション・・・と思っていると、先の道が崩落しているようで

通行止めになっている。

大正池に続きまたいきなり物語が打ち切られる。

 

仕方がないので、そこからは松ちゃんと別れて、一人で西を目指す。

実はここだけの話、延々続く二人のローテーションの苦しさから逃げられてちょっと

ほっとしたのだが、これはぬか喜びだった。

しっかり終わっている脚に容赦ない向かい風を一人で受けることになる。これが結構つらい。

何度も繰り返される丘の攻撃で、峠ではとても実業団選手ですとは言えないほどのスピードで這い上がる。

二人であれば苦しくてもこんなに止まるようなスピードまで落ちはしなかっただろう。

11速化して、導入した25Tが本当に有難かった。

 

山城大橋から先は、風を避けて河川敷は走らず、最短距離で自宅まで。

トータル168㎞。

かなりの疲労困憊。

やっぱり御幸橋は・・・

私たちに試練を与え、明日の勝利に近づけてくれる幸せの橋と結論付ける。

異論は受け付けない。

 

2時間休んで、夕方からは私の原点、イトーレーシングの同窓会&新年会。

自分も含めて外見はそれなりに年を取ったが、ハートは少年のまま。

往年の実業団選手が、みんな元気で頑張っている。

今日の松ちゃんと私のように、掛け値なしに走り、濃密な時間を過ごしてきた仲間。

極限のローテーションは、脚で会話をするということ・・・

同じ瞬間に、同じ苦しみを共有する。

そこに熟成される感情は・・・

 

疲れた体で、出かけて行ったが、程よいアルコールの酔いと、

昔の様々な思い出が頭の中を駆け巡ぐり、心地よく帰宅した。