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言葉の綾…

よく政治家とかが、問題発言をする。これでもかって位に。

あれって、話してるうちにエキサイトしてきて立場を忘れて

言ってしまうんだろうな。

 

言葉の綾だったんですよ。

万死に値するって。

なんか、語感がいいから広まっちゃったな。

流行語大賞かな。

 

せっかくだから、中切れの犯罪度について考えてみる。。。万死に値するのか?

先日シルベストのバックヤードで実業団選手の方々に中切れは重罪と話をした時に

競技歴の浅い方が『そうなんですか?』という反応だったのが印象的だった。

 

集団のスピードが上がり、自分自身がいっぱいいっぱいになった時に千切れるのは必然。

しかし自分が千切れるときは、周りもそれなりにきつい状況にあり、何のアクションもなく

黙って中切れされると、前とは相当の距離が開いてしまい、

それを詰めるのにかなりの努力を要する。

 

かなりの努力をしても前につけない場合、集団の大分割が起こるかもしれない。

つまり、切れるのは仕方ないけど、切れ方の問題。

安易にマイペースを気取り自ら千切れるのは論外として、頑張り通して千切れる場合は、

肘でのアクションやできれば最後の一踏みをして、前走者の車体半分まで上がって

スムーズに横にそれるアクションが欲しい。

 

上級プロテクニックとしては千切れ際に後ろの選手の腰を押したり、

更には手を出して六日間レースのようにタッチという技術もあるけれど、

そこまでは一般の選手には難しい。リスクもあるし。

レース状況により何ともならず、あちこちで集団バラバラなんてときは、

微罪だろうが、自分が切れることによって、他人のレースをダメにするのは心苦しいし、

中切れられたほうの気持ちを考えると万死に値しなくても重罪ではあると思う。

 

土日の朝練においても、漫然と遅れるのでなく、自分の後ろに選手がいることを意識して

限界まで千切れず走るようにする。

それでも、速度が上がれば中切れは出るけど、それは仕方なくて、

後ろの人がスムーズに前に出れるように気遣い、中切れを喰らった人は

前と繋ぐことは自分に課せられた後ろの人への義務だと思い、前を追い繋ぐ。

このあたりがスムーズにできるようになると上級選手だ。

 

最後に・・・

よく、”盗む奴は悪いけど、盗まれる奴も悪い”って言うじゃないですか。

あれと一緒で”中切れる奴は悪いけど、中切れ喰らう奴も悪い”って言うのも真理だ。

中切れを喰らう位置取り、中切れを察知できない、察知しても前にかわせない実力。

だから、中切れを喰らったやつがくどくど言うのはみっともない。

 

中切れが有る・・・それもレースだから。